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自分のテーマ?課題?みたいなものを、どうやらひとつ乗り越えられた気がする。

学びというものは、色んな形で現れる。

その中で、割りと分かり易いのは「同じパターンを繰り返す」というものではないだろうか。

自分にとって、いいパターンだったら、ジャンジャン繰り返して欲しいところだけれどね。

「なんでいつもこうなるの?」と、愚痴を言いたくなるような同じパターンを繰り返すということは、そのパターンから何かを学びきれていない、ということになるのではないか。

そして、学びきるまで、パターンの繰り返しは続く。学びきれた時に、そのパターンは消滅する。

これは恋愛で考えると、分かり易いかもしれない。

「いつも、結婚している人(または彼氏・彼女がいる人)を好きになってしまう」とか、「恋人はいるんだけれど、それとは別の恋人が、いつも欲しくなってしまう」とか、「暴力をふるう人は嫌なのに、いつもそういう人を好きになってしまう」とか・・・。自分が心からの幸せを感じられることではないのに、そういうパターンを繰り返してしまうことって、あるんじゃないかな。

ここ数年、私のパターンは、「外的なものに振り回されて自分をないがしろにしてしまう」ことだった。

他人からの要求を受け入れすぎてしまったり、他人の言動に気を取られてしまったり・・・。そこで、自分のことは後回しにして無茶を重ね、自分のペースやコンディションを崩すことが多かった。

でも、私がペースやコンディションを崩すということは、私がやる仕事の質が落ちてしまうということだ。

それだと、私の仕事の質が落ちることで、迷惑(?)や損害(?)が生じる人がこんなにいるんだ〜ということに、改めて気付いた。

自分が考えていた以上に多くの方が、何らかの形で私と関わって下さっていることに感謝しつつ、仕事を絞り込んだり割り振ったりする必要があることと、外的なものに振り回されてペースやコンディションを崩している暇は私には無いと痛感した。

そう感じたら、自分の柱がビシっと1本、太く立ったような気がした。

うん。もう繰り返さない。このパターンからは解脱しよう。

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以前勤めていた会社の同僚から、急性扁桃炎で最短でも2週間は入院して手術することになった、とメールがきた。

久し振りに貰ったメールが、こういう内容だとちょっとビックリだけど、連絡してくれるのは嬉しいな。

でも心配だ〜。

「入院や手術のスケジュールに合わせて遠隔ヒーリングしましょうか?もちろん友情の証ということで(笑)無料でやらせて頂きますよ」と申し出てみた。

友達として黙って見てはいられないというか、私がヒーリングを行なう事が、彼にとって少しでもサポートになるのなら、喜んでやらせて頂きたい。

こんな返事が返ってきた。

「ありがと〜。でも無料だと七実ちゃんが「気を抜く」とアカンから(笑)、「ぼくが東京に遊びに行ったときか、七実ちゃんが大阪来たときに夜ゴハンおごり払い」にして〜!それにちょっとでも払った方が(気分的に)効果がありそうだし・・・」

アハハ、さすが友達。無料だと私が気を抜く可能性があるとバレている(笑)。でもいつも世話になっている人だし、私はそのお礼も兼ねてヒーリングさせて頂くつもりだから、私がヒーリングするということに対して、わざわざお金を使ってくれなくてもいいのに・・・と思いつつ、その気持ちが嬉しい。

私が「日頃お世話になっていますし、そのお礼も兼ねてタダで(ヒーリングとか、演奏とか、PCインストラクションとか、etc・・・)やらせて頂きます」と言っても、「そのお礼以上のことをして頂いていますから、お願いですから、こちらからも何かお礼をさせて下さい」と仰って、ご飯をご馳走してくれたり、報酬を下さる方が多くて、とてもありがたく感じている。

「お金のやりとりはエネルギーの交換である」

お金が絡まない、こうした人とのやりとりは、気持ちの交換だよね。

そして人とのやりとりの間に、サービスや商品があると、お金のやりとりが発生する。サービスや商品も、それに対して支払うお金も、気持ちの表れだと思うし、そう考えると、お金のやりとりの本質は気持ちのやりとりだと思う。

自分が提供したものが、自分が受け取るものである。自分が受け取るものが、自分が提供できるものである。世の中は、そういう仕組みになっている。

そこで、何をどう提供するか?何をどう受け取るか?は、誰かに強制されるものではなく、個人の自由である。

例えば1冊の本があるとする。

新品であれば、どのお店で買おうと本は大抵同じ値段だと思うので、ここでは千円にしておきましょうか。その本に対して購入意欲が湧いた方々は、同じ内容の本を、同じ値段で買って、読むわけだ。

なのに、この本は千円以上の内容だと感じて喜ぶ人もいれば、千円以下の内容だと感じてガッカリする人もいる。

千円以上の内容だと感じて喜ぶ人は、得をした気分になって、著者に対して感謝の気持ちで一杯になるであろう。

千円以下の内容だと感じてガッカリする人は、損をした気分になって、著者に対して不平不満を連ねるであろう。

本に書かれていることは同じなのに、読み手の意識によって、受け取り方に違いがある。

何をどう受け取るか?は、その人の自由だけれど、意識が豊かであるかどうかの違いは、こういうところに顕著に出るのではないかと思う。

そして、自分が受け取れるものが、自分が提供できるものである。自分が提供できるものが、自分が受け取れるものである。自分の意識が、自分から始まり、身の回りへ、社会へ・・・、と循環していく。

このようなメカニズムが働いていることを知った上で、お金のやりとりや人との交流を通じて「自分は一体どんな気持ちを世の中に循環させているのか?」見つめ直してみると面白い。

この友達は、きっと気持ちいいものを循環させているのだろう。

私も気持ちよくヒーリングさせて頂けるので嬉しいな。お互いに気持ちのいいやりとりができると、ヒーリングにおいては劇的な効果を生み出せることが多いので、とても楽しみだ。

気持ちをやりとりするのに距離は関係ないというか、私、メールや遠隔ヒーリングが出来るようになって良かった!って思っちゃった。心づくしでヒーリングさせて頂きます。手術が無事に成功して、扁桃炎が良くなりますように!

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先々週あたりから、手の指の皮が、ボロボロ剥けた。

「急に野菜を食べるとコレだから・・・」と思ったけど、かなり派手に剥けていて、何を触っても剥けかかっている皮に触れて「ガサガサ」する。

指の感覚だけが頼りの、アコーディオンのベースボタンを弾くのに、難儀したわぁ。ヒーリングで人様に手を当てる時も「ガサガサして感触悪いんちゃう?」と、ちょっと躊躇したりしていた。

でも、ようやく落ち着いて、手の指はキレイになった。

と思ったら、今後は足の裏や指の皮が、ボロボロ剥けだした。

何でだか分からないけれど、七実・脱皮中のようである。

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調子に乗って、ここのところ、1日2回セルフヒーリングしている。

そのお陰か、とても快調!である。体調もいいけれど、ささやかなラッキーが連続して起こる。

セルフって、やっぱりスゴイなぁ〜と、改めて実感。

夜寝る前と、昼間の2回、やっているのね。

どういう訳か最近は、遠隔ヒーリングが終わった後にセルフヒーリングをしたくなるので、その欲求に従うことも多い。

ただセルフをやると、寝てしまうことも多くて、セルフ=昼寝、になっていたりもする。

大検を控えた私としては、昼寝してる暇はないので「なんとか寝ないで済む方法は?」と考え、椅子に座りながらやってみた。

実は、私は、椅子に座ってセルフをした経験が、ほとんどない。

今日、はじめて、椅子に座ってセルフのフルセッションにトライしてみた。

いやー、慣れていないせいかもしれないけれど、椅子に座って手を当てるのって、けっこう姿勢がキツイね!

今日のセルフでは、ずーっと前に感じた「胸が痛い」を感じた。

アタマに手を当てている時は「ふぇ〜ん、姿勢が辛い〜」だったんだけれど、胸に手を当てたら、心臓のある場所、第4チャクラの辺りが痛みだした。

おぉっと、どうしたんだ?何故痛い?

とりあえず「痛みを感じさせてくれて、ありがとう」とお礼を言うが、それにしても痛い。

背中に手を当てる段階になっても痛みは続いたので、椅子に座っているのが苦痛になり、座ってセルフは断念して、床に転がってセルフを続ける。

フルセッション終わっても痛いので、左手を第4チャクラ、右手を第3チャクラに当てて、痛みが治まるのを待つ。

自分でも気付かないうちに、傷を作って抱えていたんだなぁ〜。ということに気付く。

そしてそれが表面に出てくる時に、心の痛みになったり、体の痛みになったり、熱が出たり、湿疹が出たり、するようだ。

出てくることで、癒されたり、浄化されたり、昇華されたりして、それで抱え込んでいたものを愛に戻せる。

だから「痛みを感じてくれて、ありがとう」なんだけど、自分でも気付けていなかった傷を癒せてしまうなんて、やっぱりセルフはいいねぇ。

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私の場合は「こうしたい」と思ったら、「ここに行きたい」というゴールを決めたら、あとは自動操縦のスイッチを入れる。そんな感じ。

もちろん、自分で出来る限りのことを精一杯やるけれど。

これは、大の字になって、海でプカプカ浮いているような気分なのだ。

何が起こるか分からない。

だけど不安はない。

自分が「ここに行きたい」と決めたのだから、そこに辿り着くまでに、ベストなことしか起こらないと信じてる。

大きな流れを信頼して、身を任せることを楽しむ。プカプカ浮いている感触を楽しむ。例え波にのまれそうになったとしても、そこで自分がベストを尽くせることを楽しむ。起こること全てを受け入れられることを楽しむ。

そんな風に、信頼して楽しんでいるうちに、辿り着く。

信頼すればするほど、自動操縦は有能になるようだ。

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これは昨日の話。

横浜銀蝿のファンの方で、交通事故なのか?先天性のものなのか?そこのところは聞きそびれてしまったのだけど、足が不自由で、歩けなかった方がいるのね。

お名前が分からないので、仮にAさんとしておきましょうか。

そう。Aさんは、歩けなかったのだ。

でも横浜銀蝿の翔さんが「大丈夫!お前は絶対に歩けるようになる!諦めるな!」とか、そんなことを言い続けてくれて、それでAさんは、歩けるようになった。

という話を、私はミック入来から聞いていた。

昨日、ライブが終わって、ミックと一緒にボンソウのCDを販促していたら、びっこをひきながら、Aさんは私達の前に現れた。

「彼が翔さんに言われて歩けるようになった人だよ」と、ミックから紹介される。

ひょっとして4月の『嵐ちゃん祭り』ライブの時に、私の目の前で、車椅子に座って見ていてくれた人かな?と思ったけれど、違っていたらゴメンなさいね。

AさんはボンソウのCDを買ってくれた。「サインして下さい」と頼まれて、ミックはCDとAさんの眼鏡ケースに、サインをした。

「お姉さん(私のこと)もサインして下さい」と頼まれた。え?私、サインなんて、したことないよ。しかもボンソウのメンバーじゃないのに、いいのかな???なんて思いつつ、生まれて初めてサインする。うーん、サインって、こんなので、いいのかなぁ?

その後、3人でしばらくお話する。

「翔さんの励ましで、歩けるようになったのはスゴイですね!」なんて話していたのだが、Aさんは、左手も不自由なようだった。見ると、手首のところから、手が折れ曲がってしまっている。

「これを治すのに、お医者さんは『ロックンロール治療がいいんじゃないか?』って言うんですよ」とAさんは仰った。

そして「ミックさん、僕の手に、手を当てて気を入れてくれますか?」と言われ、ミックは、Aさんの左手に、手をかざした。

「うん!これでロックの気が入りました!これが『ロックンロール治療』なんです。ミックさん、ありがとう」と、Aさんは喜こばれていた。

それを見ていて「これはレイキじゃないか〜」と思った。ミック、それは私のオハコだぞ(笑)なんちゃって。レイキは誰でも使えるもんね〜。素晴らしいわぁ。

次回お会いした時には、Aさん、私にも『ロックンロール治療』させてね!今度は左手も自由になりますように、お祈りいたします。

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何があっても、全てに感謝!を感じるようになってきた。自分の志向性が変わってきたようだ。

以前だったら、カリカリしていたこと、腹を立てていたこと、悲しんでいたこと、苦しんでいたこと。そういうのがあると、一瞬は「ゲ!」って思うよ。でも、すぐにクールダウンして感謝に変わる。

具体的には・・・、何が分かりやすいかな?

例えば、以前は自分が夢中になって作業しているところを邪魔されたりすると、ヒステリー起こして、邪魔した相手にヒスをぶつけていた。それで言い合いになったり、ケンカになったりとかしていたかな。

今も一瞬「カチン」とはくるけれど、とりあえず感謝先取りで「私を成長させてくれる機会を、ありがとう」と感謝する。

邪魔されるのは嫌だけれどさ、物事は何でも捉え方で変わるから、これは、何でも自分のメリットにしちゃおう作戦(?)なのだ。

カチンときて、その勢いでケンカしても感じ悪いし、ケンカしている時間が勿体ない。ケンカしている時間があるなら、作業に集中したいので、私から見れば「邪魔された」だけど、その相手から見たら「邪魔をしようと思ってやっている」訳ではないかもしれないと思って、カチンをクールダウンする。

そして自分が集中していた作業を継続するのは一旦諦めて横に置いて、カリカリしながらではなく、冷静にその相手の話を集中して聞く。

カリカリしながら聞くのと、冷静に聞くのとでは、同じ話をされても、聞こえ方に雲泥の差があると思う。

どんな状況でも冷静に話を聞けるようになるのは、自分がどんな状況でも、冷静に判断し対処できるようになるってことだよね??

これってメリットだと思うので「私を成長させてくれる機会を、ありがとう」と、今度は本当に感謝を感じる。

カチンをぶつけて言い合いになってしまった時と比べると、なんとメリットの多いことか。

こんな感じなので、最近は「ゲ!」って思うことがあると「今度は、どんな風に自分が成長するのかな〜?」なんて、密かにワクワクしていたりする。

メリットにするのも、デメリットにするのも、自分次第なんだね〜。

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今月は、心身ともにダウンすることも、ローに入ることも、凹むこともブルーになることも、なかった。なんて今月はまだ6日残っているけれど、自分の状態がものスゴク安定しているから、大丈夫であろう。

忙しくて、悩んだりダウンしている暇がないだけなんだけどさ。小さい事も大きい事も、決断して行動!決断して行動!の繰り返しで、それが、いい感じなのね。

で、以前は何日もかけて思い悩んだりしていた自分を振り返って・・・、それはそれで大切なんだろうけれど、な〜んか時間勿体なかったなぁって思っちゃった。

自分が何をしたいのか?何を望んでいるのか?を把握していれば、そんなに時間をかけて思い悩むことはないんじゃないかな?って。答えは、すぐに出るんじゃないかな?って。そう思った。

そして自分の範囲を超えちゃってることに関しては、分かりません〜なので、宇宙にお任せ〜。

自分が決められることは、自分で決める。

そして決断したら、行動する。そうすると、決めなかったことへの想いや未練は自然と薄れてしまい、決めたことに夢中になり、ただただ行動する。

そんな風に過ごしていると、テンポ良く物事が進む。分かりません〜だったことも、分かるようになってきたりする。

躊躇したり、思い悩んでいたりすると、なーんかこのテンポというか、調子の良さを逃しちゃうんだよねぇ。リズム崩しちゃうというか「あの時、パっと選択して行動していれば・・・」って思うことが、たくさんあるのだ。

よく話を聞く「幸運の女神は、猛ダッシュで走り抜けていく。そして前髪しか生えてないから、やってきたら、すぐ前髪を掴め!通り過ぎてからだと、追いかけても追いつけないし、後ろ髪はハゲてるから、掴みたくても掴めないぞ」みたいな感覚かな。

来たら即キャッチ!

でも日頃から自分自身や自分の置かれた状況を把握していないと、即決は難しい。だから私は「己を知る」ということを、割りと重要視している。自分のことって分からない事も多いから、ワークブックとか、自分を掘り下げて見つめるのとか、大好き。

また「幸運の女神」は、「幸運の女神」の格好をしていないことが多いような気がする。どちらかというと「何でこれが幸運に繋がるのか??」という、わらしべ長者の感覚に近いように思う。

だから、どんなことに対しても分け隔てなく、すぐ決断して、すぐ行動できるように心がけている。

セールスの電話がかかってきたら、前は無意味に時間かけてセールストークに付き合っちゃったりもしていたけれど、今はすぐ要点を聞いて「要りません」と、すぐ断れるようになったよ(笑)。

なーんて、これは、ちょっとしたことだけどさ。「要らない」って分かっているもの(決断)に対して、「要りません」ってなかなか言えなかった(すぐ行動できなかった)んだよね。

「アレやって、コレやって・・・」と決めているのに、行動にかかるまでグズグズしちゃうことも、たくさんあるなぁと気付いて、怠け心にムチ打って、なるべくパっと取り掛かれるようにも改善している。

「私が本当に欲しいものは何なのか?」それに基づいて、すぐ決断して行動できるのは、時間を有効活用できるし、なんだか、いい感じ。キープしたい習慣である。

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私はセルフ・ヒーリングをする時、横になっている。

寝転んだ姿勢でやっているのだが、体の前面に手を当てている時は、どういう訳か、体を動かしたくなる。

我慢は体に良くないと思うので、ヒーリング中に足を折り曲げたり伸ばしたり、足首をグリグリ回したり、体を横に向かせてゴロゴロしたり、割りとアクティブなヒーリングをしている。

元気一杯になっちゃうのか、不必要なものを出したいのか、なんか、じっとしていられないのよね。

頭や背面に手を当てている時は、何ともないんだけれどなぁ。

体の前面に手を当てている時は「このままレイキしながら、ヒンズースクワットでもやるか!」という感じなんだよね〜。

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大検に向けて生物の勉強をしていて、脳の仕組みや働き、血液の流れ、遺伝など人の体について知る。

ヒーリングは医療ではないので、そういった面での専門的なアドバイスは出来ないけれど、お客様の中には体調不良の方や病気や怪我などを抱えられている方もいらっしゃるので、自分がそれらについて知識があってお話するのと、なくてお話するのとでは雲泥の差があるなぁと改めて思い、もっと学びを深めたいと感じた。

私が何故大検を受けようと思ったか?は、もともとはマッサージ師の免許を取りたくて・・・なのだ。免許資格には

1.大学に入学する事が出来る者(高卒以上の学歴)

2.3年以上、文部大臣の認定した養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マッサージ師圧師、はり師又はきゅう師となるのに必要な知識及び技能を修得した者

3.厚生大臣の行うあん摩マッサージ指圧師試験、はり師試験又はきゅう師試験に合格した者

とあって、私はまず1番目の学歴でNGだったので、それで大検を受験することにした。

大検合格したとしても、その先3年以上は学んでからでないとマッサージ師の試験を受けられないので、もし本当にマッサージ師になるのだとしたら、ちょっと長い道のりになりそうかな。

40才近くなった私に、果たしてマッサージをする体力があるのだろうか?と考えるとウムム・・・だけど、日頃からアコーディオン運搬で鍛えられているから、大丈夫かな。

でもマッサージよりも、私はカイロプラクティックを学びたい。自分がそれで何度も動かなくなった体を助けられているし、「これはレイキヒーリングよりもカイロプラクティックの方が治りは早いだろう」という症例もあるので、自分で出来たらいいなぁって思う。

マッサージも好きだけど、これは趣味で友達にやってあげる程度にして、カイロの方が自分には現実的かもしれないなぁ。せっかくいい先生に巡りあえているし、先生からも何年も前から「やってみたら?」と薦められているので、大検終わったら弟子入りしてみようかしら。

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