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うちは5箇所に、盛り塩を置いている。

「盛り塩なんかで変わる訳ないじゃん」とも言われるが、いやー、本当に変わるんだよなー、これが。

盛り塩で変わるんだったら、やらないよりやった方がいいと思ってる。

以前デスクに盛り塩を置いていたら、遊びに来た友達がそれを見て「この塩はツマミですか?」と聞かれ、大爆笑した記憶がある。

どうして私は、そんな親父系酒飲みに見えるのかなぁ。盛り塩だよって言ったら、友達の方が大爆笑してたけど。

最近ではお部屋の浄化として、盛り塩+レイキのシンボル、という形をとっている。盛り塩を置いている場所と、部屋の4隅にシンボルをかける。手軽でいい。

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遠隔ヒーリングを受けられている方から、メールを頂く。

「ヒーリング、どんな効果が出るかまだわからないけど、ただ自分の事を常に思ってくれている人がいるって思えるだけで、かなり心強い気がしてます。」

ああ、この人は私に、なんて素晴らしいことを気づかせてくれたんだろう!

遠隔ヒーリングというと、なんかウサんくさいような、一体何やってるの?って勘ぐりたくなるような、特殊な能力を持っている人しかできないようなイメージもあると思うけれど、無意識に、日常的にやっている事の延長なんだよね、きっと。

たとえ遠く離れていても、距離は関係なく、相手を想う気持ち。

誰かが自分を応援してくれている。誰かが自分のことを想ってくれている。それだけでも人は頑張れると思うし、やる気やガッツが湧いて元気になれると思う。

私もよくメールで「応援しています」とか「頑張ってください」と言われるが、もうそれだけで「おぉー!あたしゃ、頑張るよ!」って思って、元気いっぱいになる。

これが遠隔ヒーリングの基本なんだと、改めて気づきました。ありがとう!

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ここのところ、人とのご縁をとても感じる。新たに出会う人もたくさんいるし、今までお付き合いがある人とも更に関係が深まっていってるような・・・。うーん、なんて言えばいいんだろう。色んな人と色んな形でコミュニケーションとれるのが、嬉しくて仕方ないんだよね。

幼稚園や小学校の頃の私が、今の私を見たら、どう思うんだろう?あの頃は、誰と口をきくのも嫌だった。他人と喋るのが、バカらしくてしょうがなかった。だから、学校では誰とも口をきかなかった。

対人恐怖症とか自閉症とか言われたけれど、そうではない。いや、ひょっとしたらそうなのかもしれないけれど、「こいつら下らねぇ」と心の中でずっと思っていて、それで誰とも喋らなかった。下らないヤツらと余計な関わりを持つくらいなら、1人でいた方がよっぽど楽だった。

だから同じクラスの人たちは、私のことを、口がきけない障害者だと思っていたみたいよ。断固として喋らなかったから。

小学6年生になって、ブラスバンド部をやめて演劇部に入って、劇の中で台詞を喋った時に、会場がざわめいてたもん。「あいつ、喋れるんじゃないか」って。それから何人か友達ができて、普通に喋るようにはなったけどね。

今から思うと、8年近く誰とも喋らない事で、すごく損してたかもしれないなぁ。どうやって喋っていいのか分からないから、つっけんどんな話し方しかできず、人間関係というは長年苦手であった。

でも今は、どうやら苦手ではないらしい。人と関係をもつのが、楽しくてしょうがない。いろんな人と、いろんな事やってみたーい!

レイキは人間関係をスムーズにする効果もあるらしいから、その恩恵もあるのかな。たくさんの人から励ましのメール貰ったりして、あたしゃ嬉しいよ。

みんながいてくれるからこその自分を感じる。みんな、いてくれてありがとー!

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私の家族は、共に傷つけあって生きてきた。父と母がケンカしているのも良く見てきたし、兄弟ゲンカもよくした。暴力や怒鳴りあいは、日常茶飯事だったように思う。

今から思うと、そういうのが嫌だったのか?14才の時に喘息で寝込んでしまったので、療養のために母方の祖父の家で暮らしていた。喘息がおさまったので家に戻ったのだが、結局15才の時に家を出てしまった。だから正直言って、家族との生活は、あんまり覚えてなかったりする。

弟は、父を憎んですらいるようだった。それだけヒドイ仕打ちを受けてきたのだろう。

それが、どうやら解れてきたらしい。父との目に見えない和解を経て・・・という、父を受け入れられたような内容のコラムを、今日「10/3・とーさんの日」に、弟はHPで公開した。

嬉しくて涙が出てくる。傷つけあう家族より、愛し合う家族のほうがいいに決まってる。

弟にも遠隔ヒーリングをしていたので、これは効果が現れたのか?と思った。弟は「姉ちゃん(私)のヒーリングコラムを読んだのがきっかけ」と言った。が、最終的にはコラムも遠隔ヒーリングも関係なく、自分自身が父親に向き合った結果だとも言った。

まったくその通りだと思う。癒しというのは、当人次第なのである。私がやっていること(ヒーリングやコラムや音楽など)はきっかけの提供であり、それをどう受けとめて、どう感じて、どう活かしてくれるかは、当人次第なのである。こちらから受け手を操作することはできない。何でもそうだと思うけど、自分ができるかぎりのものを提供し、あとはお好きなように・・・、である。

今回の話は、私がレイキを習得して、ヒーリングをやって、HPを作って、コラムを書いて・・・。この流れの中で、少なからず彼が何かを感じてくれたのだと思う。私の活動が少しでも何かの役に立てたのかなぁと思うと、やっぱり嬉しい。それだけで満足である。私にそのきっかけを与えてくれた、レイキに感謝!

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昨日も書いたけれど、レイキのシンボルはオールマイティーに使えるので、最近は使いまくってる。

ここのところ、メルマガ発行申請したり、レイキのレポートを先生に提出しなければいけなかったり、この日記もそうだけれど、文章を書く機会が多い。

私は文才ないのに!!

私が伝えたい事はあらゆる分野で一貫して、自分の実生活に基づいたものである。「ドラえもん」よりも、「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」の世界に近いかな。

現実的でストレートな表現しかできない。人に夢やロマンを与えたり、情感を伝えるのは難しい。歌は、夢やロマンが求められたりもするけど、そういった歌詞を書くのは無理である。

それでも何とか色々と書いているのだが、作業中は集中力はもちろん低下するし、何を書きたいのか分からなくなってきたり、書いたはいいけどオチがつけられなかったり、しょっちゅう苦しんでいる。

そんな時に、自分にレイキのシンボルを使うと、道が開けたようになる。「この先なんて書こうか」「オチをどうつけようか」など悩んだ時にシンボルを使うと、アイデアがピンと湧く。文章が、自分の納得いくものになっていく。

こんな使い方もあるのだから、何か表現したいものを持っている人にも、レイキはオススメだなぁと思う。

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今日はレコーディング。ゲストプレイヤーの演奏を収録した。

レコーディングというのは、なかなか大変な作業である。いつもやっている演奏を録音するだけなんじゃないの?って気楽に思うんだけど、ところがぎっちょん、その録音がクセモノで、形(作品)として一生残るし、だったらイイモノを残したいし、とか考えていくうちに、いつもやっている演奏ができなかったりするんだよね。緊張するからだと思うけど、非常に体力や神経を使う。

まして今日演奏してくれた人は、いつもやっている演奏ではなく、今回の為だけに慣れない曲を演奏してくれた。その場でフレーズを考えたりアレンジしながらの作業だったので、かなり大変だったのではないかと思う。

楽器はピアノだったんだけど、5時間ぶっ続けでピアノを弾くだけでも、大変かと思う。好きな事でも、長時間やれば、さすがに集中力も落ちてくる。

陰ながら、レイキで手助けさせて頂きました。演奏中プレイヤーに、レイキのシンボルを送る。「集中力が続きますように」「ベストプレイができますように」などなど。そのかいあってか?いい演奏が残せたんじゃないかなぁ。

レコーディングが終わったあと、プレイヤーは驚いていた。
「まさか今日中に録音が終わるとは思いませんでした」
「自分でも何であんな演奏がでてきたのか分からない」

どうやら自分が考えた事もないフレーズを演奏していたようだ。

音楽っていうのは、それが面白いんだよね。何かがのりうつったのじゃないか?と思うような、自分では考えられないプレイをしてしまう時がある。

それは、何かがのりうつってるのか、その人が持っている自分では気付かなかった部分が引き出されただけなのか、分からないけど、いつもない、いいものが出てくると「いいプレイしたなー」って気分になる。

何はともあれ、良かった!私も頑張って演奏しなきゃ!自分が録音する時も、シンボル送ってからしよーっと。

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「愛なんだ!」に気付いてから、自分がやる遠隔ヒーリングが随分と変わった。

ヒーリング中に、自分が勝手に想像してるだけかもしれないけど、その人の本質の部分というか、なんかキラキラした姿が見えてくる。

そして、そこからずれちゃったりしている現実の姿があって・・・。

今、遠隔ヒーリングをしている人は7人。人によっても違うし、同じ人でも毎日イメージが違ったりするんだけど。

キラキラした姿と現実の姿が、最終的には抱き合って一つになって、そして、光の玉になる。

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ティーチャーズ・ディグリーを受けた時に、レイキの先生からダイエットジュースを貰った。食事を摂らないで、2日間このジュースをチビチビ飲み続けるというダイエット方法だ。「いつかやろう」と思って、貰ってからそのままだったのだが、チャレンジしてみる事にした。

ジュースだけだとお腹が空いて苦しそうだったので、サプリメント(ビタミン剤とプロテイン)も一緒に摂ることにし、2日ではなく3日間に挑戦してみようと思った。生まれて初めての、断食である。

1日目は、レコーディングをする日だった。幸いな事に、自分のプレイではなく他の人のプレイを録音する日だったので、聞き側に徹していたせいか「お腹へった〜」とは思ったけれど、そんなに辛くはなかった。もし自分が演奏していたら、体力を消費して我慢ならず、ガツガツ食べていただろう。

2日目に、空腹の限界がきた。21日間も断食をした臼井みかおさんは凄い!どうしようかなーと思ったけれど、無理しても体に悪いから、ちょっとだけ「豆乳なんとか(名前忘れた)」を食べた。ヨーグルトみたいなヤツ。物凄く時間をかけて、ゆっくりと丁寧に食べた。食べ物のありがたみをヒシと感じる。忙しいと食事をガツガツ食べてしまったり、仕事しながら食べていたりするけれど、こうやってゆっくりと味わってあげないと可愛そうだなぁと思った。

3日目は、空腹が全然平気だった。空腹=苦しいという状態だったのが、空腹=当たり前という状態になった。

そして、自信が生まれた。痩せたのかどうかは体重計がないので分からない(ちょっと悲しい)けれど、「自分は(ちょっと食べたけど)断食をやり遂げた!」という自信。そして、自分の体型はカッコよくはないかもしれないけれど、ひょっとしたらもっと食事や運動などをコントロールして、理想の体型になれるのではないか?という自信。

この自信は凄くいいね。自分を愛することに繋がっていく。見た目的にはあんまり変わったように思えないけれど、今までは自信がなくて隠していた「お腹の脂肪」も、堂々と見せられるようになったりして。って、これじゃ、ただの開き直ったオバハンか??だけどマインド的には、かなり楽である。

見られたくないからとコソコソ隠しているよりも、バーンと「どうだー!見ろー!」ってやっちゃった方がスッキリする。何気ないことだけど、自信なく過ごすよりも、自信をもって過ごしたほうが、自分が生き生きするのを感じる。街を歩けばウキウキで「みんな、私の脂肪を見て!」みたいなノリである。見せられた方はたまったもんじゃないだろうけど、そんなとこまで、誰も見てやしないって。

今日は、4日目。まだまだ断食は続けられそうだったけれど、少しずつ食事を摂る事にする。朝、スープと梨を食べた。梨を食べて「噛むのって久し振り」と思った。あんまり噛まないでいて歯や消化機能が衰えちゃっても困るから、やっぱり少しは食事しよう。でもスープと梨だけで、1日もってしまった。断食したら、燃費が良くなったようだ。

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実はここ1週間ばかり、自分の精神状態がとても不安定だった。地の底から湧いてくるような、拭い去れない不安に襲われる日々が続いていた。

今月の収入が少ないので家賃とかが払えるのか?という不安、ヒーリングをやる事でお金をとってもいいのか?という不安、自分は愛されていないのではないか?という不安などなど。不安に捕らわれて思いつめると、心臓がドキドキしたり、落ち着かなくなったり、手が震えたりもした。不安が与える影響は大きい。

レイキをやっても、いつもの感触や手応えを感じられない。どうしたんだろう。

そしてしまいには、もう治ったと思っていた喘息やアレルギーの発作までも出てきた。先日ベッドを処分してから、床に布団を敷いて寝ているのだけれど、ずっと天気が悪くて布団が干せないから、布団が埃っぽいのかな?と始めは思っていた。けど布団を干した日も、夜中に喘息の発作で突然目覚め、呼吸困難で苦しくて、横になって眠る事ができなくなる。やばい、本気で治さなきゃ。

今までだったら吸入器を使って発作を抑えていたけど、今回は使わなかった。いつかの日記にも書いたけれど、喘息の原因は自分でよく分かっている。多分、私は今「自分を愛していない」のだ。

周りの人は私の喘息の発作を見て、医者に行けと言った。けど私は「原因は精神的なことだから医者では治らない」と言った。精神的な事が原因な訳ないだろうと言われたけれど、自分にヒーリングして、自分で治してみせようと思った。

なので昨日の夜、徹底的に自分をヒーリングする。レイキの、いつもの手応えが戻ってきた。レイキをしながら色々な事を問いかけているうちに、直感的に答えがかえってくる。

始めに書いた不安や喘息はすべて、自分を愛していない・信頼していない部分があることから発生したもの。収入が少ないなら稼げばいいんだけど、稼げる自分を信じていない。ヒーリングをやりたいという自分を信じていない。愛されている自分を信じていない。これは逆をいえば、自分を愛していないから他人からも愛されていないんじゃないかと不安になっている。

ではどうして自分を愛することができないのか?は、今やめたいんだけどやめられない事がひとつあって、それをやめない自分が嫌みたい。けどすぐにはやめられないので、それはもうちょっと時間をおいてから解決していくことにして、意識を別のところへ向ける。

愛に襲われる。襲われるという表現はオカシイかもしれないけれど、自分はこんなにも大勢の人に愛されているじゃないか、という感覚に襲われる。自分が大勢の人の前でライブをやっているイメージがきて、その大勢の人の前で歌ったりして、みんなに目に見えない何かを渡しているのだ。

「愛なんだ!」と悟る。

自分が大勢の人の前でライブをやっているイメージは、こんなに多くの人に愛されているという喜びで、その喜びや感動の中から、私は歌ったり楽器を弾いたりして、また皆に愛をバトンタッチしている、愛を循環させているようなイメージ。しばらくの間、愛の素晴らしさを感じる。

「すべて愛なんだ!」と悟る。音楽もそうだけど、自分の好きな事をやるというのは「愛を表現している」んだ。ああ、もっともっと愛を表現していこう。仕事でも、人との付き合いでも、もっともっと愛を表現していこうと思う。愛は心地よい。

自分を愛していないのがバカらしくなる。不安は体を硬直させたり心の視野を狭くしたりするけど、愛は全く反対だ。体をリラックスさせ、心は無限に広がっていく。愛されていると思うだけで、こんなにも人は変わるのか、と驚く。もっと多くの人を愛していこうと思う。

レイキのフルセッションを終える。けどまだ背中や首の辺りに不安があるというか、スッキリしないのでウダウダしていたら「もっと自分を愛する時間を創りなさい」というメッセージを受けとる。そうか、自分を愛する時間はいつも後回しにしていたなぁ。

では自分を愛すかと思い、ゆっくり風呂に入る事にする。半身浴をしながらレイキ瞑想をする。30分ほど浸かっていたからクラクラしたけど、不安は汗と一緒に出ていってしまったようだ。もう大丈夫という確信があった。

予想通り、喘息もアレルギーもピッタリ治まってしまった。やっぱり精神的なことだったんだ。自分を痛めつける(愛さない)と、自分を痛めつけること(不安・喘息・アレルギーなど)が次々に起こるようだ。では自分を愛すると、愛することが次々と起こるのだろうか?

今回の不安は、とても勉強になった。それは自分を愛していない事が原因なのに、不安を感じるのを他人のせいにして、その人を信じられなくなったり、その人に腹を立ててケンカを売ったり、また逆に他人に100パーセント頼りたくなったりする。

自分が原因なのに、どうしても外側ばかり見てしまい、自分に目がいかないのだ。不安を感じると考え方や視野が狭くなるのに、どうして自分の心の中には目がいかないのだろう?忙しいとなかなかとれない「自分の心の中を見つめる時間」としても、レイキはオススメかもしれない。

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DVDドライブ欲しいなーなんて、何の気なしに常日頃から言っていたら、遂にある人から貰ってしまった。まさか、誰かがくれるとは思っていなかったので、ビックリした。

レイキを始めてから「欲しいものが苦労せずに手に入る」というのを、しょっちゅう体験している。うーん、今度は「Macのノートが欲しい」を口癖にしておこう。

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