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先日遠隔ヒーリングを受けられた方に、きっとご本人はついででお願いしたのであろう商売繁盛の効果が、とても劇的に現れたそうだ。お店を経営されているのだが「遠隔ヒーリングを受けてから、毎日お店が忙しくなった」と喜ばれ、今日は同じようにお店を経営されているお友達を連れて、直接ヒーリングを受けに来られた。

ヒーリングを受けてどうして商売が繁盛するの?と不思議に思われる方もいるかもしれないけど、私はすべて繋がっていると思う。愛の流れが活発に循環していくようになると、お金の流れも活発になるようだ。

今日のヒーリングでは、依頼内容の1つに「目の調子が悪いので、それが良くなるように」というのがあったんだけど、ヒーリングを終えてすぐに「目が楽に、良く見えるようになりました」と言われて、私がビックリした。レイキは効果が現れるのに時間がかかると思っていたけど、そんなすぐに効果を感じてもらえる事もあるんだなぁ。嬉しいな。

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レイキを習いたての頃に、今住んでいる建物のゴミに悩まされていた。毎日、建物の入り口一帯に、生ゴミが散乱していたのだ。ゴミ収集じゃない日に捨てる人がいて、それで散乱していたんだけど、何かいい方法ないかな?と思って、建物全体にレイキをかけたらピタリとおさまっていた。

が、今日また生ゴミが散乱していた。外に出ようとしたら、玉ねぎの皮や、卵の殻や、大根やティッシュが散乱している。ガーン。通れないって、これじゃ。

箒で掃いてキレイにしたけど、これを捨てた人は、自分が捨てたゴミが大衆の面前にさらされているのに、どうして平気でいられるんだろうか?そのゴミの中には、生ゴミだけでなく色んなものがあって、郵便物も入っているから、どの部屋の誰が捨てたのか分かるのだ。

ウチのゴミ捨て場は通り沿いなので、道行く人達が散乱しているゴミを見る。自分の名前入りでゴミを一般公開しているんだから、すごい度胸だなぁ。なんて変に感心したりもする。

また建物全体にレイキかけなきゃダメかな〜。自分の出したゴミくらい、自分で責任もって欲しいなぁ。

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レイキのテキストには「自分がパイプになる」ということが、あちこちに書かれている。

自分にヒーリングする時も、他人にヒーリングする時も、アチューンメントをする時も、自分の力を使って何かをするのではなく、ただただレイキを流すパイプであるように、といった事が書かれている。

レイキが流れるがままに。愛が流れるがままに。

私はよく「人にヒーリングすると自分も元気になっちゃうんだよねぇ」って言っているけれど、やっぱりこれはスゴイことだ。今年に入ってから、風邪のカの字も知らないのは、この恩恵なんだろうか。パイプになっている私にもレイキが流れる訳だから、一緒にヒーリングされちゃうんだろうなぁ。

ヒーリング以外にも、似たようなことを感じる時がある。

それは音楽をやっている時。作曲している時も、演奏している時も、流れるがままに、溢れるがままでいると、自分は何かの通り道であることをヒシヒシと感じる。

人は、愛の通り道なのであろう。流せば流すほど、いいことが一杯あるような気がする。ジャンジャン流しちゃお。

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自分が変わった。明らかに変わった。そんな気がする。確実に違う。

どこがどうとは言えないけど、強いて言うなら、自分の中心に自分がいる。地に足がついている。等身大の自分がいる。といったところかな。

何か、いい感じ♪

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ずっとモヤモヤと感じていたことが、頭で整理できたので書いてみようかな。

全ての存在はもともとは1つである、と思っていることは前にも書いた。やっぱり「私もサザエさん、あなたもサザエさん♪」の歌がチラつくけど、人だけじゃなくて、自然も地球も宇宙も音楽も、全部私だ。全部ひとつだ。もともとは…じゃなくて、今も1つだ。とても大きな1つの存在だ、と感じる。

人と人が争ったり戦ったり傷つけあったりするのは、もう嫌だ。自然や地球を破壊しつづけるのも、もう嫌だ。どうしてもとは1つの存在なのに、憎みあったり殺しあったり傷つけあったりするのだろう?

と考えた時に、自分が自分に同じ事をしているからだと気付いた。

だから私は、もう私を傷つけないと決めた。自分を苦しめたり、痛めつけたりすることは、もうしない。自分を傷つける事は、全ての存在を傷つけてしまうのだ。だって私は、全ての存在だから…。

わざわざ自分を傷つけるような事しているの?って聞かれちゃうかもしれないね。わざわざはやらないけど、無意識に自分を痛めつけていることって、あるみたい。

それはちょっとした些細なことでも、例えばトイレに行きたいのを我慢したりとか、喉が渇いているのに我慢して何も飲まなかったりとか、たいしたことないんだけど、それでもしっかりと痛みを刻んでいるように最近は思う。

昨年「これからは好きな事だけやって生きるよ宣言」をしてから、好きな事しかやっていないので、だいぶ自分を痛めつける機会は減ったけれど、時たまグワーと痛めつけてしまう時がある。それは「不安」だ。

心がナーバスになって不安で一杯になってしまった時には、私はロクなことを考えないし、渦中は苦しくてたまんないし、嫌だね〜。自分で自分をメタメタに痛めつけてるように思う。

だから不安を、手放すことにした。もう自分を傷つける事はヤメ!自分を愛し信頼して生きればいいのだ。それは全ての存在を愛し信頼するということで、それは人々が普遍的に望んでいるラブ&ピースの世界だろう。私には、そのような現実が創り出せるのだ〜!


寝る前にセルフヒーリングをしながら、こんな風に頭を整理していたら、いっぱいある扉がパカパカ開いたような気がして気持ちよかった。「Welcome!」って感じで、誰かが両手を広げて歓迎してくれた♪うーん、いい誕生日だ。そうだよ、今日は誕生日じゃないか!

ヒートアップしたのか、体が熱くて熱くて、かけていた布団はハネのけちゃった。いつも思うけど、満足度の高いレイキは暑い。

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驚いたことがあった。

横にいた友人が旦那さんと電話で話していたのだが「バーカ、お前こそ死んじまえ!」とか、ずっとそういう言葉を話している。

電話を切った後に、どうしたの?ケンカしたの?って聞いたら「いや、いつもこんな感じ」と言われた。

いつもそんな感じって・・・、いつも傷つけあっているってこと?愛しあっているから結婚したんじゃないのぉ・・・?

私はガーンとショックを受けた。傷つけあうより愛を育んでいって欲しいなぁと思うんだけど、余計なお世話かな・・・と思い、説教したくなる気持ちとを、ググッと抑えた。

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アファメーションの効果って、本当にスゴイと思う。レイキを使う時にも唱えているけど、ふとした時に…、心がブルーになっちゃったりダウンした時にも、非常に使える。

私はアップダウンが激しいんだよね〜。誰かと一緒にいる時はそうでもないけど、1人になるとドーっと落ち込んだり、不安で一杯になっちゃう時がある。

そんな時は、アファメーションだぁ!

私のお気に入りアファメーションは
「私は光り輝く愛に満ち溢れた存在です」
「私の人生はすべて上手くいっています」
この2つかな。

面白いんだけど、これを心の中で想うだけで、今の今までダウンしていたのに、パーっと光が差すように晴れやかな気分になってアップしちゃう。落ち込んでるのが、つまらなくなって、途端に元気になっちゃうんだよねぇ。

不安や恐れなどダウンな気分に包まれた時の思考回路で考えた事を実行しても、ロクなことがないということが重々分かってきた。何度も言っているけれど、○○は○○を生むようだ。愛に包まれた時の思考回路で考えた事を、行動していくように心がけたいな。愛は愛を生み、喜びは喜びを生むのだ〜。アファメーションは、とても効果的にそれを助けてくれる気がする。唱えまくっちゃおうっと。

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友達から「頼みがある」と電話がかかってきた。

何だろ?と思ったら、今CDをレコーディングしているんだけど、どうしても1曲、ちょっとだけなんだけど、アコーディオンが欲しいので弾いて欲しいと頼まれた。

「やるやるー!」って気軽に答えちゃったけど、全国ルートで販売されるCDらしい。

うわぁお!嬉しい〜。もし私の演奏が採用されたら…の話だけど、私の演奏が多くの人に聞いてもらえるかもしれないのね。採用してもらえるように、基礎練に励もうっと。

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月末、願いごとを整理してみた。今月は、願いがたくさん叶ったような気がする。叶ったものはお礼を言い、新たにできた願いは、紙に書き出したりした。

レイキをかけると何でもすぐに願いが叶うのか?といったら、それはNOだと思う。何でもすぐに叶ったら、それはレイキじゃなくて、きっと魔法だ。

けど、タイミングが合っている願いというか、レイキではその時に必要なものであればあるほど、トントン拍子に話が進んで、何の苦労も心配もなく現実化するようだ。

叶った願いのことを考えると、ちょっと自分が置き去りにされたような気にもなる。こうしたいなと思った事が、心のどこかで、こうしたいけど難しいんじゃないか?って考えていたりして、でもボンヤリと、こうなったらいいなって思っていて…。それが、どういう訳か気付いたら叶ってた。ありゃスゴイ。いつの間に。私、何もしていないような気がするんだけど…って、置き去りにされた気分になる。狐につままれたような感覚とも似ているような気もする。

けど、ま、あんまり深く考えずに「やったー!ラッキー♪」にしておこう。願いって、努力して叶えるようなイメージがあるけど、私の場合は努力しないで、宇宙ビートを楽しんじゃっていた方が叶うようだ。

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分かった〜〜!

何で私がデジタル音楽用語を聞くと、極度の拒絶反応を示すのか、やっと分かったよ。

今日は昼過ぎから、先日買ってきたサンプラーやらオーディオ・インターフェースやらMIDIインターフェースをパソコンに組み込んでいたのだが、それだけでも拒絶反応がバシバシ出て、作業が難儀する。

オカシイよなぁ。これって自分のやりたい事なのに、なんで体が拒絶するんだろう・・・?

何度も「もうイヤ」って挫折しそうになりながら、その度に呼吸を落ち着かせ、気を落ち着かせ、作業に戻る。

何とかパソコンに取り入れて、今度は使い方を覚えようと、説明書を見ながら・・・、ちょっと徹底的に取り組んでみようと思った。意味不明な言葉とか、分からない(知らない)言葉とかを、ちゃんと1つずつ理解していくようにした。説明書を読んでいるだけじゃ理解が足りなそうだったので、説明書に書いてあることを、分かっていても、紙に書き写して頭を整理した。

分からない言葉が出ると「ひぇ〜」って拒絶反応が出るんだけど、それでも紙に書き写し、きちんと理解して把握するまで、何度も読み直した。そしたら、何てことない、そんなに難しいことじゃないんじゃないか?って、思えるようになってきたのだ。

それをやっているうちに、或る事を思い出した。

私は中学生の時に喘息の発作で1,2ヶ月くらい学校を休んだ。具合が良くなったので再び学校に行ったのだが、授業が丸っきり分からなくなってしまったのだ。その時の、ショックというか、絶望感というか。今回の拒絶反応は、どうやらコレに繋がっているようなのだ。

自分でも気付かないうちに、トラウマになっていたのかな?

自分で封印してしまっている、傷ついたままの癒されていない当時の私がいるようなので、少しずつ見ていこう。

勉強が分からない・・・。これはとてもショックだった。喘息になる前の私は、実は勉強が大好き。勉強が面白かったのだ。クラブも、数学クラブなんてのに入っていた。成績は、いい方だった。

それがいきなり喘息になって寝込んで、病気と闘って、ようやく体調が戻って学校に行ったら、丸っきり分からなくなっちゃったんだから、相当ショックだった。学校に行ったって、教室で時間を食い潰しているだけで、チンプンカンプンの話をずーっと聞いていなくてはいけない。

「聞いても分かるわけないじゃんか!」怒りと悲しみと絶望に包まれ、授業はとても苦痛だった。だから登校拒否児になって、家でギターばかり弾いていた。音楽しか、分かるものがなくなっちゃったのだ。

今から思えば、休んでいた間に勉強が遅れた分は、勉強すれば取り戻せたんじゃないか?って思う。けど当時の私には、そんな発想はなかった。「もうダメだ」っていう絶望感しかなかった。

「もう学校には行くまい」と決意して、それからは、毎朝、両親との戦いだった。みんな「学校に行け」しか言わない。行ってどうするんだ?学校で苦痛な時間を過ごすのが私の為になるのか?分からない授業を聞いて無駄な時間を過ごすより、自分が理解出来ること(音楽)を一生懸命やっていた方がいいんじゃないか?

きっと私のこの気持ちは、家族の誰も理解してくれていなかったのだろう。きちんと話した記憶もないし「どうして学校に行かないの?」と聞かれた記憶もない。ただただ「学校に行け」とヒステリックに叫ばれただけだ。

未だに忘れられない言葉がある。父親から「学校に行け」と言われ、それに答えず部屋に閉じこもっていた私に、ある日、父が言った言葉。

「こいつ、気が狂ってる」

病気と闘って、そのあげく勉強が分からなくなって苦しんでいるのは、気が狂っているのか・・・。もう、いいよって思った。気狂いでも何でも、もう、いいよ・・・。

嬉しいことに、父がコレを言ってから、家族の中で私は「気が狂っている人」と定義されたようで、誰からも「学校へ行け」とは言われなくなった。昼過ぎに起きて、1日中ギターを弾いて、夜に家族が寝静まったらタバコを吸いながら読書をし、朝方はタバコを買いに散歩に出かけ、帰ってきたら寝るという生活をしても、誰も文句を言わない。極楽だね。

そのうち、先生が家に来た。「何で学校に来ないの?」と言われ「勉強が分からないから行ってもやる事がない」とか、そんなことを言ったのかな。そうしたら「それは、仕方ないよね」って言われた。「でも出席日数が足りないと卒業できなくなるから、卒業できるように出席しなよ」って。それで、出席日数の辻褄を合わせる為だけに出席した。

学校に行ったはいいけど、非常に惨めだったのを覚えている。授業は相変わらず分からないし、テストなんて名前しか書けないんだもん。名前書くのに、50分も要らないんだけどなぁ。暇だから、何度も名前を消しゴムで消しては書き、消しゴムで消しては書き、を繰り返していた。暇だから、とりあえず何か書いておくかと思って、解答欄すべてに「分かりません」って書いたこともあったっけ。

そんなだから通信簿なんて、音楽以外はオール1!おぉ見事って感じ!昨年まで、オール5に近かった私がねぇ・・・。ま、それで友達に、勇気や自信や優越感を与えられていたみたいだから、いいかな。

こうして書き出してみると、普段は意識することないけど、意外にもこの時のことを、私は根に持っているらしい。

「まぁまぁ、おかげで思う存分ギターが弾けたから良かったじゃないか」と当時の私をなだめつつ、このトラウマも解消していかなきゃね。

理解していない言葉や、苦手と思い込んでいる言葉を聞くと、拒絶反応が出て、全身にブツブツ一気に総白髪になりそうな感覚に襲われるのは、私の場合は、この中学生の時に感じた昇華されていない怒り・悲しみ・絶望・惨めに繋がっていて、それを感じたくないからと、拒絶反応が出ていたようだ。うーん、よくぞ気が付いた。気付けてラッキー♪

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