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昨日、急性扁桃炎の手術を受けた元同僚から、メールが来た。

「手術は無事に終わったよ。声が出ないし、高熱が続くし、痰がスゴイし、痛いし・・・。もうコリゴリ」と書いてあった。

ツラそうだなぁ〜。でも手術が無事に終わったみたいで良かった。

彼は、もともと喉が弱いらしくて「ガラスの喉を持つ男」と宣言していたけれど、この手術を受けると、喉自体も丈夫になるという。そういうのも、あるんだねぇ。

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今日、元同僚が、急性扁桃炎の手術を受けた。

この手術や入院の日程に合わせて、今日まで20日間くらい遠隔ヒーリングを続けてきたが、やはり手術となると私の心構えも少し変わる。

昨日メールで連絡がきて、手術の開始時間など教えてもらった。

手術は、2時間半もかかるという。長時間なので、ちょっと不安だと書いてあった。

「東京からサポートもするから(私が遠隔ヒーリングするから)大丈夫だよ!」ってメールを送り返したけれど、どうだったかなぁ。

落ち着いたら術後報告をしてくれるって言っていたけど、早く良くなるといいな。

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いつも通りセルフをしたら、昨日モヤモヤしていたほとんどのことが、腑に落ちてしまった。

いや〜、今日のセルフは面白かった。

前半、頭のどこかのポジションに手を当てていた時に、ふっと一瞬、映像が現れる。

現代の服装ではない。いつの時代の、どこの国の服かは分からないけれど、魔法使い?とか司祭?のような格好をした彼氏の姿。

「何だこれ?」と思ったら、ヒーリングの時間を計る為にかけていたCDが、同じところで繰り返し再生が突っかかり、そうかと思ったら、たちまち逆戻り再生してCDのアタマにまで戻ってしまった。

なんで映像が見えた途端、音楽が逆戻りするの〜?これって「前世だよ〜ん」という意味でしょうか(笑)

それを皮切りに、今私と関わってくれている人の、現代のではない姿を何名分か見る。顔が全然違うのに「あぁ、この人は、あいつだ!」って、何故だか分かるのが面白い。

なーんて、自分で勝手に、イメージしているだけかもしれないけれどね。でも何でこんなのが出てくるんでしょう?

そして、見たからどうという訳ではないんだけれど、見ただけで「あぁ、なるほど」と、何かが分かるというか、深い部分で、妙に納得する。何かが、腑に落ちるのだ。

体に手を当てながら、パッパッと、一瞬だけ現れる映像を、何種類か見ただけなのに、セルフが終った後は、妙に晴れ晴れとした気分になった。

映像に、どういう意味があるのか分からない。

だけどそこから、私が受け取ったものが、幾つかある。

ひとつは「ケジメをつけなさい」かな。

お互いの成長の為に、別れを告げなきゃなぁと考えている人がいる。でも、言えなくてねぇ。グズグズしていたら、何も言えないまま、もう1ヶ月近く経ってしまった。

残念ながら、キチンと別れる為に出会う人もいるようだ。よく分からないけれど、そういうのもあるらしい。

お互いの成長ペースが違ってきたりとかの理由だったら、割りと楽にスパっと別れられるというか、自然に疎遠になったり、縁が途切れちゃったりするんだけれどね。ズルズルしちゃうと、断ちにくいようだ。

断てるものは、断てるうちに、断っておかないとなぁ。なんて思ったりして。ズルズルしていたから、モヤモヤしていたのかな。

そして同時に「私の進むべき道」が分かったような気がする。この2つは同じ事というか「ケジメをつけてから進む」みたいな感じで、そこに進むために、これを断たないと行けないのよ、というような感じなのね。

人付き合いもそうだし、自分の仕事とか音楽とか、結構自分の広い範囲にわたってそれが明確になったので、晴れ晴れしてしまった。

ちょっと心苦しくもあるけれど、断てるものは断って、次のステップへ。

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何なんだろうなぁ、コレは。

なーんか、自分の中で、自分が、バランスを崩しているみたい。ここ数日、心がモヤモヤして晴れない日が続く。

ブルーとか、ダウンとか、そういうじゃなくて、普通なんだけれど、スッキリしない。何か気がかりで、でも、何が気がかりなのか、自分で分からない。

自分の中心に、自分がいない。

脳みそが麻痺してる。おいおい、そうだよ。自分が、自分の中に、いないじゃないか。

毎日、色んなことが起こる。色んなことを想う。

どうやらそれを、私は昇華しきれていないようで、例えば本当は、それをトコトン10まで感じたいのに、1しか感じる時間や余裕がなかったりして、未昇華のまま、9残っている。

そうやって残したものが、蓄積され溜まってきているようだ。

普通は、そんなものかもしれない。目まぐるしく時が流れて、あれよあれよ〜と流されて。

そして、こういう残してしまったものを、寝ている間に昇華したりもしているみたいなんだけれど、最近は寝てもすぐに目が覚めて、睡眠時間も減っているから、寝ている間に行くべき場所へ、行っていないのかもしれないな。

ふっと、どこかへ、行きたくなってしまう。どこか分からないけれど、どこかへ。

瞑想でもしようかな。

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「セルフヒーリングをしていると、怒りが出て、止まらなくて大変です」という話を聞くことがある。

いろいろと抑えつけていた感情が、怒りとなって出るのだろうか?なんてボンヤリと思っていた。

今日、久し振りに、私は朝から1人で怒っていた。モードが「プンプン!」だった。

「あれ?私、何を怒っているのだろう?」と心の内を見つめてみると、いろんなことに対して小さな怒りが溜まっていたようだ。それらを要約すると

他人から勝手に判断や評価をされて、自分のことを理解してもらえない悲しみ、かな。

悲しみが、怒りになっている。

まぁ悲しんだり怒ったところで理解してもらえる訳でもないし、言葉で自分を伝えようとしても他人は勝手なことを言うものだから、自分が思った通りに他人に自分を理解して貰うことは諦めているけれど、どうにも心がスッキリしない。

セルフヒーリングやっても感情が昇華しないので、写真で、それを表現してみたら、だいぶスッキリした。

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ボンソウのライブを終え、打ち上げの席でのこと。

隣に座っていた人が「蚊に食われた」と言う。見ると、右手の親指付け根部分が、プクっと大きく腫れている。

そうかぁ、食われたか・・・と思って見ていたのだが「ひ〜、痒い〜」と言いつつ掻くのを我慢して辛そうだったので、ふと思いついて、「ちょっと、じっとしててね〜」と、食われたところに手をかざして、レイキをかけてみた。

酒の席だし、軽い気持ちでやったんだけど、手をかざしてたら、受けてる人は「どんどん手が熱くなってきた」と言う。2〜3分レイキを流していたら、腫れは残っていたけれど、痒みは治まったようなので、手を離した。

痒みが治まって良かったね!と、また飲んで、しばらく経ってから「痒みはどう?」と聞いてみたら「あ、もうスッカリ忘れてた」と言われた。腫れもひいたようだった。

蚊に刺されたのにも、レイキは効くのを発見だ!

自分でも効くのかどうか試してみたいなぁと思って、後日、積極的に、蚊に食われてみた。

去年レイキを習ってから、私は、蚊に食われた記憶がないのね。周囲の人達が食われまくっていても、自分は無事だったりする。

食われたことを忘れてしまっているだけかもしれないけれど、もし自分が蚊に食われていたら、きっと即行でレイキをかけていると思うから、やっぱり食われていないんだろうなぁ。

虫刺されにレイキが効くのかどうか、自分でも試したかったので、蚊が入ってくるように窓と玄関のドアを全開にし、密かに「蚊に食われますように」と願っていた。

そして、右手首を蚊に食われた!プクっと腫れて、痒い。やったー。これで試せる〜!

痒いのをグっとこらえて、レイキをかけてみる。

どんどん熱くなる。蚊に食われてプクっと腫れているところの、奥の方というか、芯が熱くなる感じ。

1〜2分ほどレイキを流したら、まだ腫れてはいたけれど、痒みは治まった。おぉ、やっぱり効くのだなぁ。

そのうち、腫れも治まってきた。腫れていたところが少し赤いけれど、これもじきに治まるのだろう。

いいこと発見した。これでこれからは、痒み止め薬いらずだ。

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バンドで演奏したり、サイトを運営したり、メルマガを発行したり、自営で仕事したり・・・。

なんというか、自分が自分を抑えてコッソリと生きるのではなく、自信をもって世の中に出ていこうとすると、それに対して、色んなものを頂く。

応援してくれたり、励ましてくれたりなどの気持ちを頂く時は、素直にありがたいし、それに支えられて、今の私がいると言っても過言ではない。

そして、批判や中傷、嫉妬や妬みなどの気持ちを頂く時もある。

10代の時は、いちいちその言葉に反応して不愉快になったりもしたけれど、さすがにもう慣れちゃった(笑)というか、それは私を成長させてくれるチャンスなので、ありがたく受けとめ感謝している。

どんなものであれ誰かから何かを頂くということは、私の為に、その方が何かしらのアクションを起こしてくれているということだから、それは本当にありがたいし、それがあって、今の私がいるんだよね。

だから・・・、ここでこうして、私と関わり合いになって下さって、ありがとうございます。皆様に何かお返しできますように、私も、私なりのラブを表現し続けますです。

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「一体私に何が起こっているのか?」

レイキを実践していると、喜びのあまり頭が真っ白になり、こう叫びたくなる時がよくある。

今週は、連絡先不明でそのまま疎遠になってしまった人達と、街でバッタリと会うことが立て続けに起こる。

こんな時は、本当にビックリする。

どうしてバッタリ会えるのか?

バッタリ会ったからって、何がどうなる訳でもないんだけれど、再び会えた事はとても嬉しい。

だけど偶然もここまで度重なると「もうすぐ私、死ぬのかしら?」なんて思っちゃったりもする。それだけ、信じられないというか、浮いちゃう。

最近は「浮きっ放し」だから、ちゃんとグランディング(地に足をつけること)しておいた方が、いいかもしれないな。

精神世界に傾倒しちゃうと浮いちゃうことも多いけれど、こうして地に足をつけて、現実世界とのバランスも、しっかりとっておいた方が良さそうだ。

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私にとって、今年のハイライトは「大検受験」だった。

なんて、今年はまだ4ヶ月もあるし、大検は11月にもあるけれど、お正月に立てた今年の年間予定の中で、8月前半の大検受験は、私の中では、かなりのウエイトを占めていた。

正念場、である。

中学2年までの勉強しか分からない私が、何十年ぶりに国語とか数学とかを独学でやって、それで合格しようとしているんだから、無茶な話というか・・・。仕事もバンドもやり続けながら、並行して勉強して、自分としては、肉体的にも精神的にも、脳みそ的(?)にも、かなりギリギリの状態だった。でもベストを尽くして、チャレンジしてみたかった。

試験を終えて・・・。気付いた事がある。

それは、私が「正念場」を迎えると、私と関わってくださる周囲の方が、2つのタイプに分かれるということだ。

気持ちよく私を「正念場」に集中させてくれる人と、そうでない人と。

「そうでない人」というのは、別に悪気があるのではないだろうが、どういう訳か私が正念場に集中するのを、邪魔したり足を引っ張ったりする。正念場に対して使おうと思っている私の時間を、奪うような行動をとる。

本当に面白いんだけれど、今回の大検に関しては、願書の記述から試験が終わるまで、「そうでない人」というのは一貫して「そうでない人」で居続けた。それに接して「頼むから試験に集中させてくれ〜」と、何度心の中で思ったか分からない。

いや、心の中だけでなく、実際に「勉強するので、あなたと遊ぶ時間はとれません」とか、そんな内容のことを告げて断っても、それでも無視して、私の時間に割り込んできたりした。

そして、またまた面白いんだけれど、「そうでない人」は、いま、私の側にいない。みんな、去っている。または去ろうとしている。

昨年、これからは自営で仕事をしよう!と、独立開業する正念場を迎えた時も、同じだった。私から見ればだけれど「そうでない人」は、邪魔したり足を引っ張ったりして、それから去っていった。

こんな風に、正念場を迎えると、その人が「遠くに行ってしまいそうで寂しくて」邪魔をしてしまう人がいる。

寂しいから、そういう行動をとってしまうんだろうなぁというのは理解してあげられるけれど、その寂しさを消滅することができるのは、自分だけだ。誰かが代わりに、寂しさを紛らわしてあげることは出来ても、寂しいという想いを消すことはできない。それは、自分にしかできない。

だから、親しい人が正念場を迎えた時に、もし寂しさを感じたら、寂しさをぶつける前に、何故寂しくなるのか?を考えてみて欲しいと思う。

一緒の時間を過ごす時間が減ってしまう寂しさ、置いていかれたような寂しさ、自分の手から離れていってしまうような寂しさ、色んな感情が湧いてくるだろう。

それを深く見れば見るほど、そこには、対その人への感情だけでなく、自分の生き方とか人生に対する大きなヒントが隠されているように私は思う。

「正念場」というのは、それを迎える人はもちろん、その周囲の人にとっても「正念場」なのかもしれない。なーんて思った。

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自分でも信じられない位に、物事が、思い通りにスムーズに進んだ。

キャンセルになって欲しい予定がキャンセルになり、今日中に片付けたい作業があって「全部は無理かなぁ」と思ったのに、全て片付き、自分でも、狐につままれているような感覚・・・「本当にこれ、私がやったの?」と不思議な気分になってしまう。

一日の中で、無駄な時間が、一切ない。何の計算もしていないのに、仕組まれたかのように、私の思い通りにトントン拍子だ。

目に見えない有能なマネージャーか誰かが、私のスケジュール管理でもしているのだろうか?

う〜ん、あまりスムーズすぎると、なんか現実感がないなぁ。ちょっと「浮いてる」気分である。

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